acid
ここ何年も、私に必要か必要じゃないかを基準に、合理的な選択を求めていた気がする。
恋愛は自分の生活に必要ないからしない。
どうせ何年か経てば疎遠になるんだから付き合わない。
人混みが嫌だから行かない。
一人暮らしの必要はないからしない。
スケジュール帳に無駄な装飾はしない。
でも最近、合理性があるかどうかではなく、自分が好きだから、楽しいから、気分が上がるから、という理由でやっていいこともあるという考えに変わりつつある。
好きな人に好きと言ってもいいし、
自分が求めるものがあるなら人混みの中でも突き進んでいいし、
大好きな歌手のCDを全形態買ってもいいし、気になったらお金を払って博物館に行ってもいい。
自分の思いに正直になって、自分の行動を選択していいんだと、思うようになった。
なぜなら、自分は美しいものを美しいと感じることができるということに気づいたからだ。
確かに幼い頃から、美しいものを美しいといえる感受性を持ち合わせていた。しかし、「私は美しいものに惹かれるのだ」ということに気づいたのは、このブログを書き始めてから、つまりここ数年のことなのだ。
私は美しいものを美しいと思える。そして、「私は美しいものを美しいと思える」ということを自覚している。
こんな素晴らしいことに気づいているのなら、無駄だ、必要ない、と切り捨てずに、自分の求めていることに正直になって行動した方が、ずっとずっと、すてきに生きられるのじゃないか。
そう思ったのです。
P.S. 私には美しいものを美しいと言って共有できる人も何人もいます。これは運がいいのか似た者同士気があったのか分からないけれど、このこともいつでも心のどこかに留めておいて、感謝しながらすてきを共有していきたいです。